しーもんのふぇてぃっしゅなはなし5: コアラの行進曲(マーチ)<前>

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[5]コアラの行進曲(マーチ)

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「コアラのマーチ、食べる?」




すごくすごく小さな声で隣にいる女王様から
耳元で囁かれて、熟女に唇を奪われながらも
ボキはダマってコクリと、うなずいた。





妙な空間だった。



ボキを含む、7人のオンナが一人のオトコを囲んでいた。



うち一人は女装をした男で、
もう一人は友達の女王様、そしてボキ。
綺麗な顔をしたゲイの大学生。
ものすごく美しい、杉本彩に似た妖艶な熟女と
高校生くらいのあどけない少女が二人。

彼女たちの輪の中心には、
全裸の初老の男が一心不乱にせわしなく手を動かしていた。



恐ろしく静かで、笑ってしまうくらい妙な空気のなか、
チョコレートが口の中で溶けていく感覚に似た緊張の固唾を飲み込んだ。



「妙なトコロにきちゃったな…。」
思いながら、
ボキはコアラをシェリー酒で流し込んだ。





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東京の真昼間の高級ホテルの一室で、
その儀式は執り行われていた。




昼は画廊で週末モデル、
即席週二の女王様。

大学三年生の時分に芸能事務所にスカウトされて以来、
ラジオやモデルの仕事をしていたボキは
就職活動もせず、卒業スルや否や
バックパックで単身海外放浪。

帰国直後にナニしよう、と考えた末の
「悪い冗談」みたいなボキの生活は
オモったよりも長く続いていた。





ボキはかなり一匹狼で、
基本、ひとりがスキ。

そんなコトでよく友達に怒られたりもするけど、
自分から伝えなくてはならないコトがないかぎり、
仲の良い友達ですらメールも電話もしない。

仕事ではメールのレスは早いが、
基本、着信も受信も発信も気のむくまま。

プライベートではメールの返信ですら遅いんだから、
たまたまその電話に出たのは今考えると
「運命」だったのかもしれない。





その着信は女王様の友達からで
今から銀座にこれないかというものであり
偶然にも家族と表参道で買い物をしていたボキは、
ふたつ返事で彼女と待ち合わせをした。


「女王様しててモデルみたいなキレーな子が必要なの、
しかも変態なのがベター。。。あたしの知り合いで
条件ハマる娘、姫(※)しかいないから、来てよ。」
(※公私トモにボキの全くもって似合わないアダナsince2005)


指定されたのは有名なホテルのラウンジ、
いきなりの申し出に快く返事したボキなのに
開口一番、「んもー、遅いッ!」と、
釣り目が美しい彼女に何故か遅刻風な扱いを受けた
ボキは、少し腹立たしかった。





部屋に続く高速エレベータが上昇しはじめると同時に、
彼女は、
「ビックリしないでよ、姫ちゃん。。。
とにかくアトで話すから」
とだけ言った。


「呼び出しておいて、、、なんなのーぅ。。。」
思いながら、

家を出たトキから一回も
お化粧直しをしていなかったのに気付いたボキは
エレベータの窓ガラスを鏡にして、隠すように
リップクリームだけをサッと塗った。





通されたスイート(suite=一つ続きの部屋)は
そのホテル自慢の東京の夜景を
「一切否定」するかのようにカーテンが閉められ、
常設の間接照明のみの仄かで薄暗くなった部屋は、
それだけでちょっと”異質な空間”を醸し出す。


ホテルの有線が奏でる優雅な音楽は、
外国のドラマに出てくるようなガラスのバスルーム
で誰かがシャワーを浴びる音、
そしてオンナの笑い声にカンペキにかき消され、
それぞれがグラス片手に挨拶をする場所でボキは、
一瞬で、その「空間」に飲み込まれたも同然だった。





唯一の知り合いがいきなり洋服を脱ぎだしたのは他人事。

ボキは何人ものオトコを彼女の虜(もしくは奴隷)にしたであろう
巨乳を尻目に、

だからといってその場の誰とも挨拶を交わすことなく、
アタリマエのゲスト然としてソファに腰をおろした。





「あたしは、ゲスト。」



表参道で、買い物の途中に呼ばれて来た、ゲスト。

異質な空間にいながらも、確認するようにボキは心の中で
そんなことを唱えていた。





その場にタイトルをつけるならば、
「THE・他人の パーティー。」

とりあえず、お酒が出されたら、飲もう、
話しかけられたら、話そう、
くらいに適当に考えていたボキに
熱い視線が投げかけられているのを感じ、ふと目をあげる。




奥のバーコーナーの初老の男性と目が合った、
彼はあたしにコートを脱げと、目で言った。


クラッシュアイスを作るためのアイスピックを握る手が
「ちょっと異質な空間に紛れこんでしまった自分」
を自覚させたから、ボキはちょっとだけ怖くなった。




コートを脱ぐ手が、震える。

彼が今回のマスター(主人)だということが、
何故か初見のボキにもわかるナニかが彼にはあったんだから。



言われるがまま、コートを脱いだボキは
「家族で表参道で買い物してましたー!」と
言わんばかりの格好になった。

父のおさがりのラルフローレンのVネックセーターとボタンダウンシャツ、
プリーツスカートにブーツ。これぢゃあまるで、「女子高生のコスプレ」だ。

ボキは私服がラルフのことが多い。
ソレしか着ない、というワケぢゃないのだけれど、
小さなコロから親から着せられ与えられていたラルフローレン一色のファッションは
世間的にどうなのかは知らないが、ボキには「普通の格好」であり、今も普段着。

女王様でもなんでもない、ましてや高校生のトキと変わらない、
そんな格好になったボキを見て、
初老の男性は、離れた距離からびっくりするぐらいあどけない笑顔で感想を述べた。




「さっすがモデルちゃんだねぇ、、いいねぇ、、、
聞いたけど、、、キミ、ホントに女王様してるの?どっかのお嬢様に見える。。」

瞬間、自分で作ったであろう
「真っ赤な飲み物
(多分レッドアイとかブラッディーなんちゃらとかそのような)」
を飲み干す。




あっ、ハイ、、、買い物の途中で
いきなり呼ばれたから、、、普段着で。。。

と、言い訳がましく小さな声で言ったボキの言葉を
彼は全く聞いていなかったように見えた。


(聞いておいて、なんなの。。。?)



アイスピックで、クラッシュアイスを作る手の
彼の規則的な動きが怖く見えた。

「チッ」と舌打ちするような音が聞こえて、
彼をもう一度見ると、ピックで怪我をしたらしく、
コチラを見ながら指を舐めている。


そして、ニヤリ。と、ボキに不敵な笑みを投げかけた。





そのときに、決心した。





…ムカつくコトが起こったら、
アブないコトが起こったら、
すぐにこの場を去ろう。



友達には、後で謝ればいい。



ボキは、自分を守るための「最低限のルール」を
その場で設定した。

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